司会:武蔵野美術大学 キャリアチーム |
上野 敬子 | ||
13:00 | 開会挨拶 | 公益社団法人 日本広告制作協会 専務理事 | 野﨑 幸雄 |
13:10 | 講演 | 凸版印刷株式会社 代表取締役会長 | 足立 直樹 氏 |
13:40 | 講演 | 株式会社日立製作所 役員待遇フェロー | 小泉 英明 氏 |
14:10 | 講演 | 武蔵野美術大学 教授 | 三澤 一実 氏 |
休憩 | |||
15:00 | 講演 | 株式会社カヤック 代表 | 柳澤 大輔 氏 |
15:15 | 講演 | トヨタ自動車株式会社 東京デザイン研究所 | 菅原 重昭 氏 |
15:30 | 講演 | 文部科学大臣補佐官 | 鈴木 寛 氏 |
休憩 |
司会:株式会社宣伝会議 取締役副社長兼編集室長 |
田中 里沙 氏 | |
参加パネリスト(第一部講演者および下記の2名、計8名) | ||
京都市立芸術大学 芸術学部 教授 中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会 芸術ワーキンググループ委員 |
横田 学 氏 | |
公益社団法人 日本広告制作協会 理事長 | 鈴木 清文 | |
16:10 | ディスカッション・質疑応答 | |
17:40 | 閉会挨拶 公益社団法人 日本広告制作協会 理事長 |
鈴木 清文 |
全体進行は武蔵野美術大学キャリアチーム課長で、当協会の理事も務めていただいている上野敬子さん。講演者への依頼など、多大なご尽力をいただきました。
前回は「産学」で現状の課題認識のためのシンポジウムでしたが、今回は「産学官」で情報を共有しつつ、「クリエイティブ思考をもった人材の育成のために必要なことってなんだろう」をテーマに開催いたしました。
当日は雪の予報。今回も全国から教員の方など多数参加いただきましたが、交通機関の影響で参加出来なかった方もいらっしゃいました。このリポートでご容赦ください。
申込数 | 参加者数 | 参加率 | |
---|---|---|---|
教育関係 | 80 | 60 | 75.0% |
企業 | 94 | 70 | 74.5% |
合計 | 174名 | 130名 | 74.7% |
(講演者・スタッフ 26名)
凸版印刷株式会社 代表取締役会長 足立直樹氏
中央大学理事長、お茶の水女子大学経営協議会委員、日本ユネスコ国内委員会委員、文化審議会国語分科会委員などを歴任。2010年より現職。音楽ホールや印刷博物館など文化・芸術・教育に関しても積極的に取り組んでいる。
第一部の講演は、凸版印刷の代表取締役会長、足立直樹氏からスタートです。凸版印刷は、1900年(明治33年)に創業され、今年で116年目を迎えます。
そんな長い歴史を持つ凸版印刷ですが、近年は印刷業界が激変期を迎えており、その変化にいかに対応するかが、大きな課題となっていると言います。
経済産業省の平成25年の統計によると、印刷業およびその関連業の総出荷額は、5兆5450億3500万円。総事業者数は27000件、総従業員数は30万人という業界規模となっていますが、そんな業界を取り巻く情勢は厳しさを増しています。例えば、印刷の関連産業として筆頭に挙げられる出版産業では、出版物販売額が毎年減少しつづけています。(補足:出版科学研究所の調査によれば、出版物の販売額は1996年の2兆6564億円をピークに減少しつづけ、2015年はピーク時の6割弱となる1兆5220億円、前年比5.3%減だった)
また広告業界に関しては、2014年の総広告費6兆1522億円のうち、インターネット広告費が1兆円以上あり、紙媒体の広告の伸び率を大きく上回る勢いとなっています。(補足:電通の『2014年日本の広告費』によれば、新聞広告費は6057億円で前年比98.2%、雑誌広告費は2500億円で前年比100.0%なのに対し、インターネット広告費は1兆519億円で前年比112.1%だった)。こうした厳しい情勢の中にある印刷産業ですが、凸版印刷ではこれを「チャンス」と捉え、新しいビジネスの創出をめざしていると、足立氏は語ります。
凸版印刷では、創立100周年の際に「TOPPAN VISION 21」という新しい企業理念が制定されました。これは、「社会や地球環境と調和しながら成長を続けるための基本的な考え方や活動の方向性」を示したもので、新たな事業領域についても触れられています。
『TOPPAN VISION 21』では、凸版印刷の強みを生かした事業領域として『情報コミュニケーション事業分野(有価証券・カード、出版印刷など)』、『生活・産業事業分野(パッケージ、高機能・エネルギー関連、建装材)』、『エレクトロニクス事業分野(半導体関連、ディスプレイ関連)』などを掲げています。創業以来培ってきた印刷技術を核としたイノベーションを行なったことで、多角化を実現することができました。
事業の多角化によって、時代の変化に対応してきた凸版印刷ですが、いくら時代が変わろうとも、決して変わることのない“心意気”があると言います。それは、5人の創業者が作成した『凸版印刷会社設立ノ趣旨』にある、「印刷術ハ美術ナリ」という言葉。
印刷物の造形美は、美術品と呼んでも過言ではないものであり、だからこそ心を込めて作る――そんな心意気を表す言葉だと、足立氏は語ります。
「われわれは製品を作っているのではなく、心を込めた作品を作っているのだという想いがあります。この想いは創業時の『印刷術ハ美術ナリ』の言葉から連綿と続いており、わが社の経営の根幹となる理念なのです」
時代に対応したイノベーションの遂行によって、印刷事業をさまざまな形に昇華させてきた凸版印刷。しかし、その根本にあるのは、原点である“本作り”にほかなりません。足立氏は、「本は五感で読むものであり、それによって脳が成長する」と言います。
本は文字を追うだけの媒体ではなく、装丁デザイン、手に取ったときの重量感、指先から伝わる紙の質感、ページをめくった音、インクの香り……と、五感で、体全体で読むものだと思っています。そうした読書の仕方が脳を成長させ、自分で考える力を養うのではないでしょうか。私自身、オヤジから若いうちは自分に投資しろと言われ、随分と本やスポーツなどに時間を使ってきました。
活字離れが叫ばれて久しい昨今、そんな読書のすばらしさを社会に広め、継承しつづけるために、凸版印刷では文化や教育に関する取り組みにも力を入れています。
東京・小石川にある印刷博物館では、印刷工房『印刷の家』という施設を設けていますが、そこでは活字を拾って版を組み、印刷する活版印刷が体験できます。多くの小学生が夏休みの宿題のために訪れ、活版印刷を体験し、印刷文化の魅力に触れています。
http://www.printing-museum.org/bottega/
また近くにある小学校で聞いたのですが、新しく入学してくる子供は学校のトイレが怖いって言うんですね。じゃ、『トイレは怖くないよ』というポスターを作ろうって話になって、そんな授業を支援したりもしています。
また読書の感動を絵画表現した作品を表彰する読書感想画コンクールの協賛などを行っています。読書感想文ではなく、読んで感じたことを絵で表現する試みです。
http://www.dokusyokansoubun.jp/kansouga/index.html
そのほかにも、開発途上国の女性の識字率向上を支援するチャリティコンサート、平清盛が高野山に奉納した『血曼荼羅』の復元再生などの文化遺産保全活動、こうしたさまざまな活動を通じて、今後も印刷技術のすばらしさ、読書のすばらしさの普及と浸透に努めたいと考えています」
ルネサンス期に発展し、世界中の人々が手軽に情報を入手できる世の中の礎を作った、印刷文化。印刷文化が発展したからこそ、人々が自分の力で考え、自由に創造できる社会が醸成されたと言っても過言ではありません。その印刷文化は今、大きな変革期を迎えています。デジタル化をはじめ、そのあり方は今後さまざまな形に変わる可能性がありますが、本質的な意味で印刷文化が、人が自ら考える力を養うために不可欠であることは、きっとこれからも変わらないでしょう。
株式会社日立製作所役員待遇フェロー
理学博士 小泉英明氏
理学博士。(公社)日本工学アカデミー副会長。
内閣府日本学術会議連携会員。大脳皮質の活動を見る光トポグラフィを世界に先駆けて開発し、国内外の研究者と協力して脳機能の解明に取り組んでいる。『脳は出会いで育つ:「脳科学教育」入門』、『脳の科学史』『脳科学の真贋』『童の心で:歌舞伎と脳科学』(市川團十郎と共著)アインシュタインの逆オメガ:脳の進化から教育を考える』など著書多数。
日立製作所役員待遇フェローの小泉英明氏は、「光トポグラフィ」と呼ばれる脳機能計測技術の開発と製品化に多大な貢献を果たし、現在では脳機能計測技術による心の探求や、脳科学を通じた教育の研究でも世界的に知られています。
登壇テーマは、「脳科学から見た人間の創造性」。
「教育で大事なのは、知識やスキルを教えるだけではなく、自分からやろうとする意欲や情熱を育てること。それによってはじめて、創造性が生まれてきます。そうした教育を実践するうえで、義務教育における芸術科目は非常に重要な意味を持っています」と語ります。
そもそも教育によって、意欲や情熱を育てることはできるのでしょうか。小泉氏は、人の意欲や、やる気に関わる「報酬系」と呼ばれる脳のメカニズムに焦点を当てます。
「生物の脳には、命を危険から守るために備わった、快・不快を感じる機能があります。
“おいしい“・”暖かい”といった快感は命を守るうえで安全であることのサインとして、“まずい”・“寒い”といった不快は命を危険にさらすリスクがあるサインとして感じ取るものです。特に快感は、何度か経験すると『これはきっとおいしい』などと予測できるようになります。この予測する機能を『報酬予測系』と呼びますが、このメカニズムが“未来を予測する力”につながっているのです」
人間とチンパンジーの違いは、「階層的な文法による言語能力の有無」・「複雑な道具を制作・使用」・「積極的な教育の有無」・「慈愛・憎悪などの高次の感情の有無」・そして小泉氏は仮説として「人間のみ未来を考える」と言います。
*そうだろう!と思うことですが、仮説というところに小泉氏の科学者としての矜持も感じました。
さて、快・不快を感じる機能は動物にもありますが、“未来を予測する力”を持つのは人間だけのようです。
「それは、人間だけが言語を持つからです。今起こっていることは、動作だけで伝えることができるのですが、未来のことを身体動作だけで伝えるのは難しい。
これはパントマイムを観察していくと、未来を表現するマイムが無いことからも言えると思います。つまり、言葉が話せる人間だけが、未来について考え、表現することが可能だと言えるのです」
つまり、人間だけが過去の経験から未来を予測し、それを実現するために現在どうすればいいかを考える力を獲得している、というわけです。そして、この未来を予測し実現させる力を高めるためには、快・不快の経験を数多く積むことと、言語表現力を豊かにすることが必要だとわかります。義務教育において、芸術科目にこうした要素が積極的に盛り込められれば、意欲ややる気の育成にもつながると考えられそうです。
脳の進化過程は、「生命を維持する脳」脳幹から、「生きる力を駆動する脳=大脳辺縁系」古い皮質(無意識(意識下)・本能・情動・感性部分=やる気・思い・意欲等)、そして「より良く生きる脳=大脳新皮質」新しい皮質(意識(意識上)・知性・判断)と脳は大きくなってきました。
「脳には『意識』と『意識下』という領域があります。私たちが日頃意識していることは、実は体験したことのごく一部にしか過ぎません。体験したことは脳の意識下で処理されていますが、その一部だけが意識として浮かび上がり、認識されるのです。
教科書を使った知育はインプットが中心であるため、意識の部分に働きかける教育と言えます。しかし、アウトプットが中心である創造性とは、意識下の領域が担う部分が多いため、意識の領域だけを鍛えても育ちません。創造性を養うためには、意識下に働きかけることが重要です。実体験に基づく感性や創造性など、意識下を育むには様々な体験が必要であり、その役割の一つを担うのが芸術教育」
小泉氏は、芸術が意識下に働きかけるものであることのひとつの実証データを紹介しました。それはR・ターナー氏の研究で、人間はすばらしい音楽を聴いたとき、脳内の「島皮質(とうひしつ)」という部位が活性化することが確認できたというデータです。
島皮質は身体全体の情報を統合処理する部位であるため、音楽によって感動するとこの島皮質が活性化し、そこから身体性に直結して、実体験として意識下に反映されるというのです。
そして最後に小泉氏は、次のような提言で締めくくりました。
「現代の子供は、バーチャルなデジタルメディアに囲まれており、実体験を得にくい環境にあります。だからこそ、より積極的に意識下の部分を育てなければなりません。そのためには、教育においてもっと芸術科目を重要視し、真剣に取り組む必要があるということを、多くの方に知っていただきたいと思います」
全体進行の上野さんから、小泉氏の著作の紹介もありましたのでご紹介します。
アインシュタインの逆オメガ - 脳の進化から教育を考える -
http://hon.bunshun.jp/articles/-/2941
武蔵野美術大学教授 三澤一実氏
「旅するムサビプロジェクト」を指導。武蔵野美術大学の学生が全国の公立小中学校や自治体と協力し、それぞれの組織に適した授業プログラムを企画・運営。「黒板ジャック」は多くのメディアで取り上げられている。
小泉氏の講演では、「創造性を養うためには、学校教育における芸術科目が重要である」という、貴重な問題提起がありました。ではいったい、学校教育における芸術科目の実態とはどのようになっているのでしょうか。
武蔵野美術大学教授の三澤一実氏は、小泉氏の話を引き継ぐ形で、学校教育はバランスが大事だと語ります。
「美術教育には、個の独自性を引き出し、それを形にする能力を養うという重要な意義があります。しかし現状の学校教育は、あまりに美術教育の時間が少なく、知育ばかりに偏りがちです。こうしたバランスの悪い教育では、創造性はなかなか育ちません」
美術教育を取り巻く問題のひとつが、美術専任教員の不足。その原因は、教員の授業時間が学校規模に比例することにあるそうです。
「中学の教員は通常、1週間に20コマの授業時間を持ちます。国語や数学の教員は、1学年に2学級ずつ、3学年で合計6学級あれば、週に22コマの授業を持つことになりますが、美術の場合、同じ条件だと週に6.6コマしか授業がなく、そのためだけに専任教員を据えることは難しいわけです。美術の授業が週に20コマ以上になるためには、1学年に6学級以上なければなりません。少子化によって小規模学校が増えている今、多くの学校ではこうした事情から美術専任の常勤教員を置くことができず、非常勤教員や免許外教員、複数校兼務などに頼らざるを得ないのです」
免許外教員とは、他教科の教員が教科担任となること、複数校兼務とは、月曜と火曜はA校、水曜から金曜はB校というように複数校を兼務する教員のことを指します。こうした教員体制で、美術の本質を教える授業が可能なのだろうかと、三澤氏は疑問を呈します。
それに対し、非常勤教員は免許を有している、専門知識を持った教員となります。しかしその非常勤教員にも、研修制度がないという別の問題があると言います。
「研修を受けないということは、学習指導要領を理解していないということです。学習指導要領とは、国が決めた教育方針が盛り込まれた、教育カリキュラムの基準となるもの。非常勤講師はこの学習指導要領を理解していないため、国の教育方針が十分に反映されない、自分の体験だけにもとづいた指導となってしまいがちなのです」
こうした教員体制では、美術教育にかける時間が足りない、情報が足りない、生徒理解が足りない、適切な授業評価や批判をする人が足りない……など、多くの問題が生まれてしまうと、三澤氏。教員の努力だけで改善することは、難しい問題だと言えるでしょう。
「もちろん、美術の授業数を増やせばいいという、そんな単純な問題ではありません。しかしやはり、知育によって知識をインプットすることと同じくらい、その知識を感覚的に生かす方法を身に付けることも重要なのです。それは、小泉先生のおっしゃっていた『意識下の領域』を充実させることであり、それこそが美術教育の役割ではないでしょうか」
芸術体験は、幼児期から始まり、大人になるまで積み重ねられていくものだと言います。
しかしそのなかで最も重要なのは、中学校での美術教育だと三澤氏は考えています。
「幼児期は遊びとして、小学生では図画工作として芸術に触れますが、中学生になると、身体的体験と言語的体験による芸術との出会いが得られます。身体的体験とは創作活動や鑑賞活動、言語的体験とはまさに凸版印刷の足立さんが話されていた読書のことです。この、中学校における芸術との出会いをどう作っていくかが、教育上の課題と言えるでしょう。絵の描き方マニュアルを教えるような、型にはまった教育ではなく、生徒たちが感動することが大切なんです」
美術と社会の接点を教育の場に求める三澤氏は、武蔵野美術大学の教職課程学生や現役教員とともに全国の小学校や中学校を巡り、共同制作やワークショップを行う「旅するムサビプロジェクト」を推進しています。
http://tabimusa.exblog.jp/
そこでは、生徒たちとの対話形式による鑑賞活動や、美術制作に触れる授業、黒板に絵を書いて子供達に美術の楽しさを味わってもらう黒板ジャックなど、さまざまな活動が行われています。
http://tabimusa.exblog.jp/i28/
こうした取り組みで生徒たちが受ける感動を、学校教育の場でも実現させるためには、美術教員への強力なサポートが不可欠です。創造性豊かな人材にあふれたクリエイティブな未来を築くためにも、美術教育の改善は極めて重要な課題だと言えるでしょう。
株式会社カヤック(面白法人カヤック)
代表取締役CEO 柳澤大輔氏
1996年、ソニー・ミュージックエンタテインメントに入社。1998年大学時代の友人2名と共に面白法人カヤックを設立。「つくる人を増やす」を経営理念にさまざまな面白コンテンツを生み出している。最近では「ちゃんりおメーカー」が話題に。常に「変化し続ける」をキーワードにチャレンジしている。
創造性とは、社会で働く上で強力な武器となる能力です。その創造性を継続的に高める仕組みを取り入れ、実績を上げている企業があります。面白法人カヤック。名称からしてユーモアあふれるその会社の取り組みについて、代表取締役CEOの柳澤大輔氏にお話いただきました。
ちなみに、カヤックの正式な商号は「株式会社カヤック」ですが、創業時に「会社にも人格があり、それを法人格という」と聞いたことがきっかけで、会社を「面白法人」と呼んで“人格”のように表現するようになったそうです。
わが社は“日本的面白コンテンツ事業”を展開している会社で、『面白法人』とは、そんなわが社のキャッチコピーです。そして、『面白法人』になるために、まずは『自分たちが面白がって働く』、つぎに『周囲からも面白いと言われる存在になる』、その結果として『人生が面白くなったという人を世の中に増やす』ということを目標にしています。これは仕事をする以上、楽しく面白く働きたいですよね。そこを突き詰めたら、「面白くなるには、つくる立場になればいい」って思ったんです。
カヤックは経営理念や、この「面白法人」というキャッチコピーを非常に大切していると、柳澤氏は語ります。
『ぜんいん社長合宿』は、社員全員がカヤックの社長になったつもりで、会社の経営理念やビジョン、制度についてブレインストーミングをする合宿です。ブレストと言うと、“相手を否定しないでアイデアを出し合う手法”というイメージがあると思いますが、相手を否定しないことはそれほど重要ではありません。最も重要なのは、「いかに数多くアイデアを出すか」であり、相手を否定しないというのは、より多くアイデアを出すことに集中するためのルールなのです」
カヤックには極めて珍しい制度や行事が数多くあり、それらが大きな成功を収めています。例えば、全社員が人事部に所属して、採用・評価・給与査定に関わる「ぜんいん人事部」という取り組みが行なわれていますが、これは前出の合宿でのブレストから生まれたアイデアなのだそうです。
「採用スピードを上げる目的で生まれたアイデアだったのですが、結果的に翌年の採用コストが40%もカットできました」
ブレストから出た面白いアイデアが、働く社員を面白がらせ、面白いと言われる会社になり、人々を面白がらせるコンテンツが発信される……という好循環を生み出しています。
柳澤氏は、ブレストが脳の意識下を鍛えるトレーニングになるのではと考えています。
「短時間でどんどんアイデアを出すブレストという行為は、余計な疑問や意見などにとらわれないよう脳を前向きに切り替えなければできません。これを毎日行うと『脳の意識下』がどんどん刺激されて、そこにポジティブな思考回路が生まれるのです」
ブレストには創造性を鍛える効果があると実感した柳澤氏は、教育への応用にもチャレンジしたそうです。鎌倉学園中学校で、「どうしたら学校生活が楽しくなるか」というテーマで実施したと言います。
「ブレスト開始直後は遠巻きに構えていた生徒たちも、次第に楽しみ出し、最後には盛り上がって『駅から学校までの道をすべり台にしよう』などのユニークなアイデアも飛び出しました。そのブレストで最終的に採用されたのは、『毎日席替えをする』というアイデア。
アイデアを採用された生徒はそれが成功体験となり、アイデアを出すこと、なにかを創造することが好きになったはずです。このように、ブレストは創造性の育成を目的とした学校教育の授業としても非常に有効だと感じています。ぜひ採用していただき、クリエイティブな人材を多く育ててほしいです」
鎌倉学園中学校での様子(一部)
http://www.kayac.com/news/2016/04/miraisozo_sfc
トヨタ自動車株式会社 デザイン本部
(公社)自動車技術会 デザイン部門委員会 人材育成WGリーダー 菅原重昭氏
1973年トヨタ自動車入社。セリカ、MR2、マリノ、カローラ、また新コンセプトカーの開発などに取り組む。現在は新人・中堅などのプロの育成、また自動車技術会デザイン部門委員会人材育成WGや千葉大学等で次世代の育成支援にも取り組んでいる。
トップレベルの創造性が求められる業界のひとつに、自動車産業が挙げられます。創造的な人材=創造人の育成のために、どのような取り組みが実践されているのでしょうか。ご自身が数々の名車のデザインを創出し、直近の10年はカーデザイン部門の創造人育成に携わっている、トヨタ自動車株式会社デザイン本部の菅原重昭氏にお話いただきました。
「今、カーデザインは大変革期の時代にあります。車文化は、原始時代のコロ(重い荷物の下に置き、転がせて運ぶ道具。丸太などが使用された)から始まり、紀元前に車輪、ギリシャ時代には馬車が登場し、やがて動力が動物から機械へと変わって、約130年前にガソリン自動車が登場するという変遷を経ました。カーデザインにも歴史があり、量産型デザインを模索した創生期、スタイリング時代の幼年期、合理的デザインが追求された青年期、新しいコンセプトや価値観が模索された成熟期と経て、現在は『新創生期』にあります。トヨタも今、『もっといい車づくり』に取り組んでおり、現在はこうした、“新しいことを考え出せる人”の時代を迎えていると言えるでしょう。“新しいことを考え出せる人”の活動領域は、車の企画・製品化に留まりません。ロボットなどの新領域デザイン、デザイン広報・宣伝、UX(ユーザーエクスペリエンス)・IT領域、エンジニアリングデザイン、デザインマネージメントなど、さまざまな領域にクリエイティブな活動が広がってきています。それに伴い、トヨタグループでクリエイティブな仕事に携わる人材は約1,500人に達しています」
「カーデザインのプロを育成する基本は、実務を行うことでトレーニングするオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)です。新入社員にはまず、『自己実現の扇』を広げてもらいます。扇の止め部分(要)を出発点とし、一番右上がマルチプレイヤーな多能型、一番左上が一分野を極める深堀型の到達点とすると、自分はどのあたりをゴールにするか考えてもらい、そのゴールに向かってOJTを行います。その過程の中で、若いときは『技術の核』を獲得してもらい、中堅になったら『技術の幅』を身に付け、ベテランになったら『技術の極み』に到達してもらいます」
しかし、OJTでトレーニングをするとはいえ、社員がみな同じような成長曲線を描くわけではなく、菅原氏は成長曲線に差が出る理由を、次のように説明します。
「カーデザインの世界で必要とされる専門能力は、美を感じ取るセンスの“美覚”、ひらめく力の“発想力”、思いを形にできる“表現力”、さらにその形を高めて具現化する“昇華力”があると考えています。そして、これらの専門能力を包含する“人間力”=人の器が、特に重要な要素となります。その人間力には、難局に立ち向かう前向き思考の“ポジティブシンキング”、もの作りへの強い情熱である“パッション”、お互いをリスペクトし共鳴し合える“パートナーシップ”という“3つのP”の要素が求められ、その原動力となるのは“自発力”。高い成長曲線を描く人は、自発力の強さで、さまざまな能力が拡張しているのだと思います」
創造人の育成を追求するなら、より早いうちから高い成長曲線を描けるように導くことが大切です。トヨタでは、プロの予備軍である学生に向けた“学びの場”作りにも力を入れていると言います。
「カーデザインの“学びの場”として、大学、高専、専門学校の学生を対象にしたサマーインターシップを開催しています。また、千葉大や首都大で、企画からプレゼンテーションまでを実戦形式で学んでもらうワークショップ型の授業を展開しています。
さらに、彼らより若い中高生に向けて、カーデザインに興味を持ってもらう動機付けとして、公益社団法人自動車技術会デザイン部門委員会で、『カーデザインに挑戦!』というホームページを開設しています。ここではカーデザインが学べるコンテンツや、カーデザインに関する進路情報を提供するコンテンツ、カーデザインコンテストのコンテンツなどを設置しています」
しかし、創造人の育成は、こうした企業や業界連携による学生たちに向けた取り組みだけでは、限界があるとも話します。
「近年は若者の自動車離れ・モノ離れが著しいことに加え、教育課程での創造領域への導き不足、新興国の台頭などがあります。このままでは、日本において創造人が枯渇してしまうのでは、と懸念されます」
創造人の枯渇危機から脱却し、日本を知恵があふれる創造立国にするためには、まさに今回のテーマである“産官学の連携”と、さらに街と親までもが連携した人材育成が必要なのではと、菅原氏は提議します。
菅原氏は、日本の若者のデザインセンスは世界トップレベルであるにも関わらず、成長に不可欠な自発力が弱いと言います。そしてその原因は、社会のあり方にあるのではと指摘します。
「自発力の育成は、思春期でのマインドセットから始まります。思春期の子供たちに、世のため人のために自分はなにになりたいのか、なにができるのかを考えるきっかけを与えることが大切です。それが、人生や職業の目標に気付くスイッチとなり、動機付けとなるでしょう。目標が見えると、人は本気で学ぶようになり、自発力も高まります。ではいま何故自発力が弱いかというと、社会が過保護になりすぎているのではないかと思います。例えるなら、危ないから、転ばないように、そんな思いで大きな三輪車に乗せて成長させ、それを“一人で自転車に乗れたね”と言ってきた結果なのかもしれません。
さらに菅原氏は、教育制度自体にも、もっと自己実現に直結した仕組みを取り入れるべきだと語ります。
「世の中にはさまざまな職種があります。それらが自己実現のカテゴリとして一覧でき、選択できる仕組みがあるといいのではないでしょうか。例えば自己実現カテゴリのなかの『創造』に興味を持った場合、そこから『創造』にひもづく職業カテゴリがいくつも展開され、そのなかで『カーデザイン』という項目を選択すると、仕事の具体的な様子がわかる、というような仕組みです。学校教育にこうした形の選択制が導入されれば、自分がめざすべき憧れの世界をどんどん探索でき、目覚め、学ぶことができます。
また、興味を持った職業カテゴリに必要な能力が学べるカリキュラムも備えるべきです。ITを活用した教室の変革や、映像やネットを活用した専門家の支援指導などがカリキュラムに組み込まれれば、教育が実利に直結するようになります」
こうした教育カリキュラムにおける課題もさることながら、もっと大きな問題として、菅原氏は社会の風土改革の必要性を唱えます。そしてそのためには、産官学と、街・親の連携支援が重要であると続けます。
「現在のわが国は、創造価値というものがブラックボックス化してしまっているように感じます。創造価値が社会に浸透した創造立国をめざすなら、国策ビジョンとして『創造立国宣言』をしてほしいなと思います。また、創造人をスター化するなど、人そのものがもっと見える存在になっていくことも必要でしょう。そうした風土改革の推進役として、産官学協同の推進機関が設置され、街や親も加わった連携支援が実現すると理想的です」
思春期に自発力の育成を強化する、自己実現に直結した教育制度を導入する、創造立国に向けた風洞改革を行うという、創造人育成における3つの課題を解決するうえで、スポーツ界にヒントがあるのではないかと、菅原氏。
さまざまなジャンルから世界的なトップアスリートを排出しているスポーツ界は、思春期から自発力を高めて本気で取り組める仕組みがあり、世界一を狙える高次元で合理的・近代的な指導体制ができ上がっており、社会全般の連携による活動支援も定着しています。このスポーツ界の変革要素は、創造領域にも取り入れるべき点が大いにありそうです。
『知恵があふれる国』の実現に向けて、誰でも自発的に努力すればすごい創造人になれる時代をめざすためには、生きがいの早期醸成、憧れの人をめざして取り組める教育制度、そして創造立国の風土作りが浸透することを願っています。近代日本の技術革新のレベルや、これまで培ってきた高い文化性、また、日本人が持つチームワーク力という強みを発揮すれば、これからの時代こそ、もっとすごい創造人がどんどん育つ好機となるのではないでしょうか。
文部科学大臣補佐官 東京大学教授 慶應義塾大学教授 鈴木寛氏
東京大学公共政策大学院教授、慶應義塾大学政策メディア研究科兼総合政策学部教授、社会創発塾塾長、日本サッカー協会理事、日本音楽著作権協会理事などを務める。大学で続けてきた「すずかんゼミ」の卒業生をはじめ教え子は1,000名を超え各界で活躍している。著書に「熟議のススメ」 「子育てキャッチボール ボールひとつから始まる教育再生」などがある。
「産学官」連携による情報交換会、第一部講演のラストは、文部科学大臣補佐官の鈴木寛氏です。2001年に参議院議員初当選後以降、文教科学委員会に所属し、2009年からは2期にわたって文部科学副大臣に就任。2014年10月には下村文部科学大臣のもとで文部科学省参与に就任され、2015年からは文部科学大臣補佐官と、15年にわたって文部科学政策に携わられてきました。
日本の教育改革の中心メンバーとして多岐にわたる活動をされている鈴木氏ですが、そのなかでも今回は、2020年から実施される学習指導要領の改革、そして大学入試の改革についてお話いただきました。
「OECD(経済協力開発機構)では2000年より3年ごとに、義務教育修了段階の15歳児を対象に、数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシーの学力調査を実施しています(OECD生徒の学習到達度調査)。その学力調査で、2003年と2006年に日本が先進34カ国中12位になったことがあり、一時期、日本の学力低下がささやかれていましたが、その後の努力が実り、2012年には日本の15歳が世界一の学力を獲得しています。
しかし、2000年のスタート以来、15年間“学ぶ意欲”はずっとワースト2位。本当に大切なのは、なにを学んだかよりも、学び続けることや自ら率先して学ぼうとする意欲ですが、日本人はそれがずっとブービーなのです。これは大変な問題だということで、高校の次期学習指導要領では、自ら課題を発見し、解決する『アクティブ・ラーニング』という学習方法を導入することとなりました」
そうした教育改革においては、①知識・理論 ②思考・判断・表現 ③自主性・多様性・共同性という3つのバランスを重視するといいます。日本は①についてはいいものの、②はあやしく、③にいたってはメタメタだと、鈴木氏。この状況をどう変えていけばいいのかという、難問に取り組まれているのです。
ひと口に教育と言っても、学校教育、家庭教育、地域教育などが複合的に絡み合っているものです。しかし、教育改革というと、まず思い浮かぶのは学校教育。教育議論の焦点も、学校教育に集中しがちですが、この状況に鈴木氏は異議を唱えます。
「小学生が学校で授業を受ける時間は年間800時間、中学生は900時間、高校生は1,000時間弱ですが、小中高生が家庭でテレビやインターネットを見ている時間は1,500時間とも言われています。いくら授業でいいことを教えても、1,500時間触れているコンテンツがどうしようもない内容だったら、授業の内容など無駄になってしまいます」
今、教育から身体性が失われていると言われ、文科省でも、体育や美術などの身体性を求める授業数を、年間300時間から330時間に引き上げるべきかどうか、議論されていると言います。しかしそれ以上に、家庭でバーチャルメディアに触れる1500時間を見直すほうが、よっぽど影響力が大きいはずだと、鈴木氏。学校だけでなく家庭も連携すれば、教育はよりよく変えていける可能性があるようです。
「学習指導要領の改革は、高校についてはかなり変わります。特に歴史は、“暗記歴史”から“思考力歴史”へと変わります。現在、世界史と日本史はそれぞれ約3800語もの用語を覚えなければならないのですが、この用語数を2000語に減らそうという動きがあります。その代わり、歴史的思考力を磨こうという考えです。
小学校や中学校では、アクティブ・ラーニングのなかでも、具体的な課題に対して仲間と協力して解決していく『プロジェクト・ベースド・ラーニング(プロブレム・ベースド・ラーニングとも言う)』を本格的に導入しようということがほぼ決まっています。できればあらゆる科目にアクティブ・ラーニングを取り入れたいと考えている」
OCEDの学力調査でも、2015年からは前出の3教科に加えて『コラボレーティブ・プロブレム・ソルビング・スキル(意見の違う相手とも力を合わせて問題解決する力)』を測定しはじめました。さらに2018年に実施予定の同学力調査では、『グローバル・コンピテンシー(多文化多宗教のなかで共生していく力)』の測定も検討されていると言います。学校教育において、より人間性の育成に力を入れようという潮流があるようです。
「現在OECDでは、世界がより複雑で不安定になり、多様化が進むと予想される2030年に向けて、子供達にどのような能力が求められるのかを議論する『Education 2030』というプロジェクトが実施されています。そこでも、これからは人間性の育成が大事だというのが、核心的な話となっています」
『Education 2030』
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/053/siryo/__icsFiles/afieldfile/2015/08/04/1360597_6_1.pdf
大学入試改革の状況についても語っていただきました。
「文科省は12年前から、思考・判断・表現力の育成が重要だと言っていました。学習指導要領の原文にも、思考力・判断力・表現力の養成が一番大事とあり、自主性の育成についても書かれています。それなのになぜ、高校教育の現場では、思考・判断・表現力や、自主性・多様性・共同性の育成がおろそかにされてしまうのか。それは、どうしても受験第一にならざるを得ない構造があるからです。せっかく高校1年、2年までは、プロジェクト・ベースド・ラーニングや、自主性・自発性・共同性・多様性、思考・判断・表現力を育むアクティビティに触れていても、高校2年の秋になると、修行僧のごとくひたすら暗記する勉強漬けになってしまうわけです。ここを変えなければなりません」
「そのために、大学入試改革の一つとして推薦入試やAO入試など、ペーパー試験によらない入学枠を総定員の3割まで引き上げることを2015年9月に決定しました。東大や京大が推薦入試をスタートしたほか、筑波大はすでに3割に達していましたが、名古屋大は2割を3割に、東北大は1.5割を3割に引き上げるとコミットしています」
鈴木氏は、こうした改革によって、高校3年間いろんな人と共鳴しながら自発性を持ってアクティビティに取り組むことが、ようやく評価されるようになったのだと語ります。
大学入試にはもうひとつ問題があると、鈴木氏は指摘します。
「大学入試は1979年から始まった共通一次試験でマークシート方式が採用され、大学入試センター試験となった1990年以降は、全設問がマークシートとなりました。私は15年考えた結果、マークシートが一番よくないと気付いたんです。
マークシートとは、消去法で回答するものです。間違っているものからひとつずつ消していき、残ったものが正解というわけです。これは、“究極の受け身人間”を作る仕組みとなっているのです。
表現力や思考力の原点は、記述式による回答、つまり文章です。文章をつむぐ言語とは、思考の重要なツールであり、大学に進学するのであれば、起承転結のある文章が、原稿用紙1枚分ぐらいは書けるようになるべきです。文章による記述式であれば、多様な回答が生まれますが、マークシートは高校生の思考回路を画一化してしまいかねません。マークシートは撲滅すべきでしょう」
大学入試が記述式になると、採点にムラが出るという反対意見もあると言います。しかし、採点にムラが出ることを恐れて、高校生を受け身人間にし、思考を画一化してもいいのかと、鈴木氏は言います。書を読み、友や師と語り、仲間となにかを成し遂げる……そういう高校生活を送ってもらい、世の中に送り出したい。それを阻むマークシートは撲滅したいと、鈴木氏は話します。
20世紀までの日本では、暗記型の学習が役に立っていました。大量生産・大量消費・大量廃棄文明の時代は、マニュアルをしっかり覚えて正確かつスピーディにそれを再現できることが、生きる力となったのです。
しかし現在、それは人間ではなく、デジタルテクノロジーの仕事となりました。これからは、デジタルテクノロジーでは解決できない、答えが一義的ではないような難問を解くための知恵や人間性が重要とされます。
「東日本大震災で、釜石市の小中学校では日頃の防災教育の成果により、99.8%の生存率で児童や生徒が助かって『釜石の奇跡』と呼ばれました。その防災教育とは、①マニュアルに頼らない ②ミスを恐れず最善を尽くす ③指示を待たずに率先して行動する、というものです。しかし日本の教育は、この3つの逆。マニュアルを覚えろ、ミスをするな、指示を待てと指導してきたのです。これを180度コンセプトチェンジしていかねれば、これからの日本を行き抜く力を身に付けることができません」
鈴木氏は、今まで日本はルーティンコーポレーティブレイバー(決まった仕事を集団で行う労働者)を多く生み出してきたが、これからはクリエイティブでコラボレイティブなアートワーカーを養成する時代だと言います。
「唯一無二の存在同士が、一期一会で新しい価値を創造するものは、すべてアート。経営もアート、教育もアート、医療も介護もすべてアートです。そんなアートワークの原型は、音楽や美術、演劇などにあります。美術や芸術の授業が、次世代を担うクリエイティブでコラボレイティブなアートワーカーを養成するために非常に重要なのです。そのためにもぜひ美術教師の方々には、芸術の知見と情熱を発揮していただきたいと願います」
司会・田中里沙氏
(株)宣伝会議 取締役副社長兼編集室長
2011年より事業構想大学院大学教授。2014年より日本郵便社外取締役。また東京2020エンブレム委員会の委員も務められました。
第一部の講演のお話から、先の見えない時代を生き抜く創造的人材育成のためには、美術、芸術分野の教育が大切だということが共通項として出ていました。と同時に、その実現のためには、さまざまな課題があることも浮き彫りになりました。学習指導要領もあるなか、そのうえで、現場でどうしていくべきかという問題もあるでしょう。
横田先生は、現在教職課程においてさまざまなチャレンジをされているということで、このパネルディスカッションからご登壇いただきます。まずは横田先生からお願いします。
京都市立芸術大学 横田学氏
中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会芸術ワーキンググループ委員。
1998年~2000年、2007年~2009年と高等学校学習指導要綱解説作成にも協力。東アジアにおける伝統的な美術教育や地域の文化振興における芸術大学の役割などを研究テーマとしている。
学習指導要領は、美術の先生からは諸悪の根源のように言われることがありますが、前々回の高校学習指導要領の改定から、「夢」という言葉が入っています。学習指導要領は法的効力があるので、「夢」いう言葉を入れることについてはかなり議論になりました。しかしどうしても譲りたくないということで、最終的には入れることができました。このことは、美術工芸図画工作が教育に果たす役割は大きいということを意味しているのだと考えています。
田中氏: ありがとうございます。(株)日本デザインセンターを率いる鈴木理事長からも、お話をお願いします。
公益社団法人日本広告制作協会理事長 鈴木清文氏
株式会社日本デザインセンター取締役会長
わが社の新卒の入社試験は、非常に時間と労力をかけて行っています。400、500名という志望者のなかから1,2名を選抜するのですが、そこで見ているのは人間力です。デザイン技術ももちろん見ているが、それだけではありません。技術だけの人は、すぐ戦力になるが伸び率が悪いんです。一方、人間力を持つが技術が足りないという人は、伸び率がいいんです。
子供達は小学校1、2年生のときまではピアノ、お絵かき、水泳をやらされていたのに、高学年になると途端に塾にいかされ、小学中学高校を記憶中心の受験勉強で過ごしています。そんな状態でどこまで人間力を醸成できるのかと、疑問を持ちました。
人間の脳は右脳と左脳でできており、人間力とはアート&サイエンスだと思います。だからこそ、美術の教師をもっと応援したいと考えています。皆さんと一緒に悩みながら、少しでもよくしていきたいと思っています。
田中氏: 人間力が今日のひとつのキーワードになっているようですが、なかなか解釈が難しいですし、高めるのにもどうしたらいいかわからないものです。そこにきて、今日のお話ではいろんなご提議、ご提案をいただけていて、大変参考になります。人間力に関して、身体性とか自発性といったキーワードもありましたが、三澤先生が実施されているプロジェクトは、まさにそれを具体化しているものですね。
三澤氏
さきほどご紹介した「旅するムサビプロジェクト」ですが、学生が書いた作品を小中学校に持って行って、図工や美術の授業で鑑賞を行うという取り組みです。単位は出ません。交通費は自腹です。授業外です。なぜそれが成功しているかというと、学生の主体的な活動になっているからです。伝えたい、学びたいということは、本来自分から主体性をもって取り組まないと成立しません。われわれが「やりなさい」」「勉強しなさい」と言っても、なかなか続かないものです。学生自身が人と関わることを経験して、自分の作品が相対化されたり、自分が社会と関わることで変化が起こるという成功体験を実感できたりするので、やりたいという学生が後を絶ちません。
田中氏: 柳澤社長の会社はIT系なので、身体性というよりも会社にこもってお仕事をされているのかなと思っていましたが、そうではなく、面白く動いて仕事をしているという印象でした。スタッフの皆様の身体性や自発性を高めてさらに成長させるために、どういったことを考えていますか?
柳澤氏
企業なので、利益を出すことが前提にはなりますが、クリエイターの集団なので、面白いことをしている人が1人いると、周りも意識が高まっていきます。ほとんど、場の雰囲気をどう作るかで決まります。スタッフは雰囲気に感化されてやる気を出すものです。
スタッフの自発性については、採用時にほぼ決まります。美大生なら、課題作しか作ってこない人は採用しません。それ以外に自主的に作品を作ってくるような人を評価します。そうした人が入社すると、自然とスタッフ同士で意識を高め合っていきますので、採用ですべてが決まると言えます。
さきほどスズカン(鈴木寛氏)さんがおっしゃっていましたが、わが社でも、突出したものを作る人は、大学受験をしていない付属校出身の人が多いです。経験則ですが、大学受験をしていない人は、固定観念のような枠がない人が多い気がします。
しかしAO入試のSFC(慶応大湘南藤沢キャンパス)出身の人は、ひとつのことをやり続けている人たちで枠が狭い。そういう人ばかり増えてもどうなんだろうという気もします。
田中氏: ぜひそれについては、スズカンさんにお答えいただきましょう。
鈴木寛氏
おっしゃる通りですね。僕は12年間表参道を中心に活動していて、表参道には料理、ファション、スタイリストなど、世界で活躍している人がいっぱい集まっています。日本の若者はだめだという言説はそれをもって否定されていて、だめなのは、大学に学部学科がある分野の若者。学部学科の分野外では、若者が活躍しているんです。若者がだめなのじゃなく、大学制度がだめなだけ。要は多様性の問題です。
ビルゲイツも大学中退していますよね。一流の人間は大学いかない(笑)。その次は中退、三流の人間が大学に行くと。
あまりにも今までマークシート型入試が主流すぎたので、3割はマークシートに染まっていない人を増やして多様性を促進することが、教育改革の目的となっています。
田中氏: 小泉先生、先ほど「意識下を育む」というお話がございましたが、今の先生方のご指摘からも、鍵になるお話かと思います。意識下を育む教育について、ひと言お願いします。
小泉氏
意識下を育むときにとても重要なのは、かなり低学年の時期にアプローチするということです。思春期もとても大事な時期ですが、神経科学では、思春期に関する研究は始まったばかりで、まだ十分には解明されてないんです。特に重要と考えられているのは、小さいときに意識下が育まれてしまうので、その限定された期間、臨界期のようなタイミングを、どう活かすかという点です。そのためには、自然のなかで当たり前の生活をすることが極めて重要です。そこは気を付ける必要があると感じています。
田中氏: 足立会長からは、教育は豊かで広がりがあるもので、世代でつないでいくことが大事だというお話がありました。小泉さんのお話を受けて、いかがでしょうか。
足立氏
自然の中の教育というのは大変重要だと思っています。最近子どもの声が聞こえなくなってきています。われわれの子供の頃は1日中外で遊んでいたけれど、最近は公園でもキャッチボール禁止、ドッジボール禁止などとあり、子供の感性を育む場がどんどんなくなってきているように思います。そういう意味では、学校だけではなく、社会教育、家庭教育の重要性も考えなければならないでしょう。
田中氏:菅原さんからも思春期についてのご提案がありました。
菅原氏
日本は観光地にいくと柵がありますが、欧米にはあまりありません。社会全体が過剰に過保護方向に行きすぎているんじゃないかな、と思います。こうした面からも、教育は学校の問題だけではすまないということが課題として見えてきます。家庭教育については、近年は共働き家庭が多く、子供と接する時間が減っているという問題があります。ではどうやって親子の接点を持つか、真剣に考えなければならないと思いますが、そこにITツールを活用するのがキーになるのではないでしょうか。ITを駆使しながら、体験型の学習も加えていく、そういったハイブリットが今後有効になるのではと考えています。
田中氏: 型を破る、枠にとらわれない、世代をつなぐ……それがないと変わることができないというお話が出てきましたが、そういったチャレンジについて、横田先生お話ください。
横田氏: 私の大学のすぐ横に小学校があり、少子化で空き教室が増えてきたんです。その空き教室を2つ貸してもらい、そこに卒業生や学生がアトリエにして制作しているんです。廊下を隔てたすぐ向こうには、小学生の教室があり、休み時間に子供たちがのぞきに来たり、放課後に遊びに来たりします。その様子を見た先生方が、図画工作の授業は45分じゃ完結しないということを実感されたそうです。その教室には、絵の下塗りだけで1カ月かけている学生もいます。子供達はそれを見て、なにしているんだろうと思いながら、モノが完成される様子を見て、学んでいます。
田中氏:鈴木理事長、日本広告制作協会(OAC)の活動は成果を挙げているというような実感はありますか? ご苦労などもあれば教えてください。
鈴木理事長: 小学校でも中学校でも、訪問した先では高い評価をいただいています。しかし、新たに手を挙げてくれる学校がどんどん現れているかと言うと、すでに決まっているカリキュラムがあったり、現場にいろんな制約があったりして難しい面があります。もっと活動の機会を増やせたらいいなというのが、思いとしてあります。 また、社会貢献にも力を入れたいと考えていて、例えば、被災地の大槌町の小学生に絵を描いてもらい、それにプロが手を加え、カレンダーにして届けるという活動もしています。これは、現場で一緒に活動することでわれわれ自身も学べる部分が多いので、とてもいい経験になっています。
今日は会場のみなさまも、産官学、さまざまな立場の方がいらっしゃっていると思います。質問があればどうぞ。
女子美術大学 佐藤氏
菅原さんが、創造立国となるためにスポーツ界にヒントがあるとお話されていましたが、スポーツのエリートを育成するようなお話だったかと思います。ですが今問題なのは、中学校や高校での美術教員の数の少なさであり、全体の水準を上げていくことが必要だと思います。国民の素養としてあまねく美術教育が必要だと思うのですが、スポーツの育成例はヒントになるのでしょうか。
菅原氏: スポーツ界の例は、エリート製造に向くというより、全体の底上げにつながるのではと思っています。もちろん、トップガン的な人を育成することも重要ですが、それよりも、いろいろな領域で活躍される創造人がどんどん生まれてこないといけないと思います。このままでは、エンジニアも減少傾向をたどるという危機感もあります。そのためにも、まずすごい人がいて、それに憧れて、みんなが触発される形が大事なんじゃないかなと思います。弊社のOJTでも、すごい人を見てみんなが底上げされています。そういう構造作りは、スポーツ界を参考にすることができるのではないかと思います。
鈴木寛氏:
私はスポーツ立国戦略というものを作ったことがあるので、菅原さんのお話を引き継ぎたいと思います。トップエリートか、裾野かという、二項対立があるわけですが、私はこれは好循環の関係にあると考えます。つまり、なでしこが優勝すれば、裾野が広がります。裾野が広がれば、トップ選手が育ちやすくなり強くなれます。そういう意味で、トップエリートと裾野は分断されているわけではないと思います。
また、私はサッカー協会の理事もしていまして、通産省時代に川渕さんとJリーグを作り、2002年のWカップ招致に携わりました。この20年のサッカー協会、いろいろ紆余曲折はもちろんありましたが、参考になるのではと思います。
Jリーグの素晴らしさは、「自分たちの幸せは自分たちで作る」という文化を作ったことなんです。それ以前は企業を誘致する、幸せを外から持ってくるモデルでしたが、Jリーグは地元の自分たちでクラブチームを作るんだというムーブメントを起こし、20年積み重ねるうちに好循環ができてきたのです。
高校のサッカー人口は約17万人います。高校生の美術部員や演劇部員人口も、それくらいになることをめざすと、同じような好循環を生み出せるのではないでしょうか。
田中氏:三澤先生がされている黒板ジャックで、美術部員が増えそうな気がしますが(笑)
三澤氏:
「旅するムサビ」で、24都道府県を回りました。そのときに必ず現地の大学の人達とコラボレーションをしています。芸術は体験を通してしか伝わらないと、私は思っています。それは、同じ場を共有してはじめて伝わるものです。
黒板ジャックも同じで、朝登校してきた子供たちは、まず立ちすくみます。そのあとはいったん自分の席について、教科書を入れて静かにしているんです。そこに2人目の生徒が登校してきたら、いきなり「見た見た見た?」と騒ぎ出します。その表情がすごく面白いんですね。
われわれはそういう感動の場を、学生と共有しています。体験の場を共有することで、広がると思っています。裾野を広げるというのはファンを作る、ということ。美術ファンを作るためには、実際に現場で共有し、見せてあげなければならないのです。これは。教科書だけでは伝わらないでしょう。
田中氏:
問題提起をいただき、大変広がりのあるお話をいただきました。ありがとうございます。
それでは次の方、ご質問をどうぞ。
北翔大学 山崎氏
私は全国でやる気のある中学校の若手の美術教師はたくさん出会ってきました。意識も高まってきていますので、その活躍を発表できるステージがあればと思っています。
鈴木寛氏:
美術芸術系の教員の皆様には本当に頑張ってほしいなと思っています。というのも、子供達の居場所をかろうじて提供できているのが芸術系の時間だったり、芸術系の教員の周りの環境だったりすると思うからです。そのために、学校長と戦う姿を見せることも、子供達の憧れとなり、彼らの学びになることでしょう。必要であれば、私も応援に行って戦います。
学校長もかわいそうで、県議会で怒られるんですね。3割は教育長にビクビクしていて、残り7割は保護者にビクビクしています。また、保護者もかわいそうなんです。メディアから垂れ流される“不安ビジネスモデル”に乗せられてしまい、水泳にいかせなきゃ、ピアノにいかせなきゃ、塾にいかせなきゃとなっているわけです。
今の子供に必要なのは、ボイド(void)、「空(くう)」です。「空」をどう確保してあげるかが最も重要であり、学校教育においては、それが芸術科目だと思うんです。子供達のためにどうやって「空」を作っていくかという問題は、大人側のクリエイティビティも問われているのではと思います。
田中氏:
ありがとうございました。
今日はいろんなお話をいただきましたが、皆様のお考えの方向性はひとつだったなと感じました。この私たちの本気は、きっと社会を変える力になるだろうと実感しました。今日の成果を、未来を拓く人材育成につなげて行けたらと思います。本日は長時間に渡り、本当にありがとうございました。
第一部の講演が押した関係でパネルディスカッションは短い時間になってしまいました。
その短時間の中で司会の田中里沙さんは、参加パネリスト全員の話をうまく聞き出してくれました。本当にありがとうございます。
アンケート集計をお読みいただけるとわかりますが、次回の開催を望む声が多くあります。
またこのような機会を設け、多くの皆さんにご参加いただけるよう企画してまいります。