混沌として先の見えない時代の日本。
しかしそれを切り拓く可能性は、
日本が培ってきた文化や技術、
そして生み出してきたデザインと、
そこに行きついた「考え方」に
ヒントはありそうです。
日本のデザインの考え方を
紐解いていきましょう。
引き算の美学
The Aesthetics of Subtraction
拡大の対極にあるデザイン志向
Design orientation opposite to expansion
見立てる
景観デザイン
日本人には世界を手のひらの上で感じようとする願望があるのかもしれない。
木も草も水もない数十坪の石庭を大海に見立てて波動を感じ、風の音を聴く。
さらに、見立て=抽象化する想像力と手技は盆栽を生み、小さな掌中に宇宙を収める。
余白を残す
コミュニケーションデザイン
日本画に特徴的な余白。
何も描かないからこそ、観る人が想像力を働かせる余地を生み、
見えないものを可視化し、普遍性も獲得する。
空間を埋め尽くし、語り尽くそうとする文化と一線を画すデザイン感覚は、
現代のイラストや広告表現へと継承された。
削ぎ落とす
コミュニケーションデザイン
世界で最も短い17 音の定型詩、俳句と川柳。
1964 年の東京五輪を契機に一般化したピクトグラム。
複雑な情報を大胆に削ぎ落とし、メッセージを伝えようとする表現手法に共通するのは、
簡潔を旨とする日本人の精神性である。
抜き出す
コミュニケーションデザイン
「伊」から「イ」、「安」から「あ」。
中国伝来の漢字から平仮名・片仮名を発明した日本。
背景には、情報を大胆に整理して抜けのいいデザインを編み出す引き算の発想がある。
省く
コミュニケーションデザイン
平安貴族が家柄を示すため作ったことに始まる家紋。
西欧の紋章は貴族階級に限られるが、日本では一般に広がり、夥しい数の家紋や寺社紋が今も流通する。
企業ロゴマークもその延長線上にあり、形の省略化にたけた日本的デザイン感覚が発揮される。
異文化受容と創造
Cross-cultural Acceptance and Creation
先達に追いつき、拓く新たな地平
Catching up with the forerunners and opening new horizons
乗り越える
生活デザイン
海外文化を貪欲に吸収した日本は、やがて本家を超える独創的文化を生み出す。
中国の喫茶習慣を総合芸術へと高めた茶道。
米国発のビデオカセットレコーダーを小型化し、世界に普及させた精緻な技術…。
日本人の技と心は無から有を生むのでなく、有から新たなる有を生む。
創意工夫する
工業デザイン
見た目の悪さを「不細工」と表現するが、語源は細工が施されていないことを咎める意味からくる。
「手づくり」「熟練の技」「上手下手」「細工は粒々」などの言葉にも、
細部にわたって工夫を凝らし、手仕事にこだわる日本特有の価値観がにじむ。
先端と伝統の邂逅
Chance Encounters of Innovation with Tradition
時代の先端と交わる経験知
Experiential wisdom meets leading edge
躱(かわ)す
建築デザイン
剛腕で自然を制御しようとする西欧的論理は、時に想定外の力で自然から反撃に遭う。
一方、自然の力をしなやかに躱す免震の仕組み「心柱」を中心に持つ五重塔は、
地震で倒壊した例がない。柔よく剛を制す。
最先端の建築設計デザインを駆使した東京スカイツリー®︎でも心柱を免震構造に引用した。
畳(たた)む
工芸・工業デザイン
日本人は古代中国から伝来した団扇を、折り畳んで携帯できるコンパクトな扇子に変えた。
この発想と技術は1300 年を経て宇宙空間に応用される。
通信衛星の限られたスペースに太陽光パネルを収納し、容易に展開させる仕組みがそれだ。
あらゆるモノを軽薄短小化する日本の技術力は他の追随を許さない。
遊び心の系譜
Playfulness in Design
「カワイイ」を表現する縮小と誇張
Reduction and exaggeration to express kawaii (cuteness)
縮める
パッケージデザイン
茶碗の舟と針の剣で大鬼を退治する一寸法師。
古来日本には、巨大化するより小さきモノを尊ぶ「縮み志向」がある。
ご飯におかずを詰めるおにぎり、食膳を丸ごと詰める弁当や重箱、はてはウォークマンまで、
日本人は縮めることに大きな力を発揮する。
風土に根ざす発想
Ideas Rooted in the Region
ローカリズムの復権
Reinstating localism
手塩にかける
フードデザイン
日本に数多い醸造食品は、風土に根ざし、丹念に育てる技術が支える。
例えば、淡麗辛口で江戸中期以来の人気を誇る灘の酒。
冬場は寒風の六甲おろしが醸造過程の腐敗を防ぐ。
加えて六甲山系の伏流水は、日本では珍しくカルシウム分を含み、麹を活性化して発酵を促す。
自然環境、時間、杜氏の技。三者が相まって土地固有のモノづくりがデザインされる。
土地にこだわる
フードデザイン
国土の狭い日本だが、地方独自の食文化は多彩さに富む。
冷蔵保存ができない時代に発展した発酵食品はその一つ。
地元の農水産物を生かす発酵技術は、保存効果にとどまらず、
旨味調味料や漬物を生み、和食に必須の出汁文化を確立する。
今日のグローバル競争に生き残る鍵は、ローカリズムへの着目にある。
出典:農林水産省「うちの郷土料理」
自然との共生
Living in Harmony with Nature
自然に抗わず、自然と生きる精神
The spirit of living with nature, not defying nature
組む
建築デザイン
環境意識の高まりを受けて広がる地産地消の動きは、食の分野にとどまらない。
かつて里山は、山の幸を得るだけでなく、住居の建材にも活用された。
土地の木を選び、金物を使わない木組みで百年を超える寿命を実現していた伝統工法は、
近年新たな技術と組み合わされて息を吹き返す。
受け容れる
景観デザイン
自然は征服すべきものとみなす西欧的自然観でなく、
自然を受け容れ、土地の恩恵にあずかる姿勢は、厳しい自然や災害に耐えて暮らす伝統的精神に基づく。
土地の狭い漁師町伊根は、舟の格納庫と住居を一体化し、豊かな海を守るために森を残した。
内外のツーリストを惹きつける癒しの風景は、自然と共生する精神の産物だ。