田中 貴弘さん/コピーライター
小野 愛佳さん/アートディレクター
岩永 泉さん/グラフィックデザイナー
中嶌 直子さん/クリエイティブディレクター、コピーライター
梶原 鉄也/OAC常務理事・50周年プロジェクト実行委員長
私たちが携わっている「クリエイティブ」という仕事は、経済社会の一つの機能であり、会社としては事業であり、個々のクリエイターにとっては職業として生きる糧であり…
“生きがい” でもあります。クリエイティブは世につれ、世はクリエイティブにつれ…
様々なことが大きく変化する時代の中で、クリエイティブが今後も変えてはいけないこと、そして変わっていくべきことは何かを考察します。
梶原
このたびは「OAC50周年プロジェクト」の座談会にお越しいただきありがとうございます。今回は、様々な世代の方から、ご自身が若い頃から今の時代になって、時代が変わるなかで、役割が変わったのか、変わってないのか。そういった視点から、いろいろなご意見をいただきたいと思います。まず初めに、広告クリエイティブは、どのようなことが求められ、どのように貢献していくのか。若いころの経験などを踏まえながら、率直な思いを聞かせてください。
中嶌
私はこの業界に40年もいさせてもらっているので、いろいろ思うところがあります。昔、広告って、日本全国共通語だったと思います。でも、今はまったく違うなと思っています。例えば、シェアする、共有する、つながるとか、そういう言葉が世の中では流行っていますよね。ただ、それは違うと感じていて、実はチーム分けされてしまっているなと思うんです。
例えば、今は同じ流行歌を全員で歌えませんよね。私が若いころ、それこそ1980年代は、全員が同じものを見て、同じことを共有して、同じものが歌えました。でも、徐々に時代が変わって、情報量が多くなってきて。みんなテレビだけを見ているわけではなく、インターネットが圧倒的に生活の中に入ってきて、検索するとか、自分から情報を拾いに行くような世の中になったと思います。20代といった私の娘世代のような人たちと親世代である自分とで、共有する世界が違うのはちょっと寂しいなと思いますけど、一方では、一つひとつのチームの中身が濃いというか、チーム内ではすぐに分かり合えるとも思います。例えば私が関わっているシニア向けのプロジェクトでは、ターゲットだけでなくメンバーもシニア。
だからメンバーが集まってアイデアを話すと、詳しい説明をしなくても「これいいでしょ」「これが足りてない」というのが、すぐにわかります。チーム分けされて狭く深くなっているというのが、ある意味、クリエイティブにおいては面白いというか。深堀りできるんですよね。社会において代表的な言葉を選んで抽象的にメッセージするのではなくて、ズバリ、みたいなことが言えるようになって、そこにクリエイティブの楽しさがあると思っています。
梶原
かつては媒体が限られている分、生活者が受け取る情報は共通のものがありましたが、今はセグメントされた一方で、媒体が増えたこともあって情報も増えているということですね。これは大きな変化ですね。
岩永
年齢で分けると、中嶌さんより上の私らの世代にも、同じような思いはあります。直近の話をすると、私は機械音痴で、社会のなかで生活していると、けっこう不自由なことが起きていて。つい最近、荷物を海外に送ろうと思って窓口に行ったら断られたんです。これまで通り窓口で宛先を手書きしようと思ったのですが、ウェブサイト経由でないと受付ができないそうで。私はやり方がわからなくて、代わりにやってほしいとお願いしたら、そんなサービスはしていないと言われ、それならと一緒にやってくれませんかとお願いしたのですが、そんな余裕はありませんと、これも断られました。これは大きな問題だと感じていて、今すごいスピードでいろいろなものが進化していますけど、逆に言うと、消滅しているものがあると思うんです。
この話の例だと配慮とか余裕。ネット中心の社会は時代の流れですが、ネット弱者へのフォローが一切ないんですよね。世間一般という括りから抜け漏れている人たちがいることを無視して大多数の意見を求めるマーケティングとか、リサーチとかでは拾えない声があるということを理解しておく必要があると思います。メーカーにしても、自治体にしても、サービスを提供する事業者にしても、もちろん広告クリエイターも、対象となる人の考え方や生活を、これまで以上に知ろうとしないと現実が把握できません。ただ単にリサーチのデータを見て、こういうものだと安易に判断してはダメだということです。
中嶌
よく「誰一人取り残さない」と言いますけど、まだ取り残していますよね、たくさんの人を。
梶原
先ほど中嶌さんからチーム分けされているというお話がありましたけど、世代で分かれてしまったといいますか、分断があるかもしれませんね。我々クリエイターはそれを強く意識しないと、見落としてしまうことがありそうですね。
中嶌
ただ、クリエイターは忙しくて、それでいっぱいいっぱいになっちゃうってことがありますよね。情報も、何でこんなに毎日、いろいろなものを見なきゃいけないんだろう、というくらい多いですよね。
小野
「オールターゲットでお願いします」という仕事がたまに来るんですけど、そうなったときに、わからないことがすごく多くて。ある課題を解決するために、「それならアプリでやりましょう」みたいな提案をすると、いや、スマホを持っていない人がいるとか、アプリをダウンロードできない層があります、と言われて。それならアナログもということで、「紙でアンケートを書いてもらいましょう」とか、
ターゲットごとに媒体とか企画がどんどん変わっていって、混乱するというか。情報収集が追いつかないな、という悩みがあります。
梶原
オールターゲットということが、もう存在し得ないんでしょうね。細かくセグメントしていかないと。
小野
先ほど中嶌さんがおっしゃったチームというか、世代についての話ということだと、案件のターゲットとして、20代の女性で、こういうものを着て、こういうものが好きで、こういうものをいつも見ている人、というようにすごく細分化した情報を渡されることもあります。そういうものだと入り込めますし、一つの案件でも詳しく調べることができます。
田中
岩永さんがおっしゃられていた話がすごく共感できるというか。少し前になりますけど、スーパーに行ったらセルフレジになっていて。どうやっていいのか、バーコードのどこを読めばいいか……何をしていいのか、まったくわからず、最初すごくプレッシャーがありました。まわりの女性の方とかは手慣れていたんですけど、その様子に最初に接したときに、取り残されているというか、
時代に遅れている感がありました。広告制作の話でいうと、YouTubeの動画をつくったときに感じました。昔は4マスという、CMとか新聞15段が憧れでしたし、それが制作の中心でしたけど、今はYouTubeなど動画だけとってもいろいろあって。
しかもYouTubeの中だけでもいくつも広告のパターンがあって、媒体によってまた一から学ばなきゃいけないのか、と思いました。だから、高齢の方だけじゃなくて、どの世代も同じで。便利さも多様化しているけど、悩みとか、不便さも多様化している時代だと思います。ですから、そこにどうアジャストしていくか、一つひとつの深掘りが必要な気がします。
中嶌
今は、どんな媒体だってできる訳じゃないですよね。昔は、わりとどんな媒体の広告でも、絶対やるわ!と思っていたけど。
田中
昔は広告って、ターゲットの大きな悩みの穴を埋めることができればよかったですけど、今の時代はターゲットに悩みの穴がいっぱいあって、そのどこに絞って、広告で穴を埋めていくのか、まずそこの絞り込みが大変だと思います。
岩永
ツールの進化によって、人の五感が退化していくことも感じています。ツールを開発する人は、そこを見ていないのではないでしょうか。進化するのはもちろん悪くないんですけど、人間のことが置き去りになっています。暑いとか寒いとか、痛い、甘いとか、五感が退化して、とくに子どもたちの五感が弱まっていくと思います。ものをつくる人たちは、その辺りを考えていかなきゃいけないと思います。
梶原
我々クリエイティブに携わる者にとっては、受け手の感じ方がどう変化しているかまで考えていかないといけないということですね。もっと言ってしまうと、その変化をクライアントに伝えないといけないということですね。クライアント側の意識が変わらないと、広告も変わっていかないですもんね。
岩永
クライアントにも、そこまでの気づきがないというか、余裕がないのだと思います。効率だとか、利益がどれくらい上がるとか。まずそっちに話がいってしまいます。
梶原
時代という話に戻しますと、先ほど中嶌さんから実績として拝見したリゲインのテレビCMの時代感というか、そういう表現のテイストの時代感というものはありますよね。
中嶌
リゲインは1999年でした。電波って、すぐ古くなるというか、わかりやすいですね。
梶原
逆に、その時代を象徴しているものなんでしょうね。
中嶌
私はリゲインのCMを作ったときは、癒しをテーマにしたんですが、それは世紀末を意識しました。企画していたのは1997年とか1998年とかでしたから、きっと癒しだろうと。
梶原
人についての考え方も変化しましたよね。
中嶌
昔は広告をつくっていて、出演者の画像補正の依頼も多くありましたが、今は逆に、あまりしないでくれと言われるようになりました。
梶原
いまの自分に、みんなしっかり自信を持っているってことですね。
中嶌
そう思います。いまグレーヘアーが流行っていて、わざと染めない人が多くなっています。それを堂々としていて格好いいという捉え方になってきています。
田中
私は広告業界に入って20年くらいですが、媒体が急激に変化したと感じています。入社して何年かでネットが広がり始めて。そこから爆発的に増えてきて、新聞とか雑誌広告が効かないと言われるようになって。どんどん増えて、テレビCMも抜かれて。そういった時代で、大変な時期に入っちゃったな、というのを、ここ10年くらい感じています。
梶原
ネット広告はカスタマイズありきですもんね。
田中
バナーを何種類作るんだ、という感じで。細分化されて、サイズも全部違います。全部チェックしないといけないので、それに時間をとられて、この業界に入ったときに描いていた未来と違うぞ、みたいなことは思います。
小野
私も学生の頃にやりたかった、憧れていた広告と、今の広告の違いは感じます。私は入社7年目なんですが、ファッションビルのOOHとか見て、こういう派手なものをやりたい!と思って入ったんですけど、すごい細々としているというか。
でも逆に面白いのはデジタルです。例えばTikTokは、1秒で見るか見ないのかを判断されるくらいのもので。1秒で消費者がわかる広告をつくれるか、というのはやりがいがあって。何が刺さるんだろうとか、考えるのは楽しいです。それに話題になるものが、急にパンッと話題になるので。そういうものが自分でも作れたらいいなと思っています。
梶原
入口として一瞬でわかって、次のステップで深く伝える、ということでしょうか。
小野
そうですね。その入口をどれだけ楽しく作れるか。そういう時代になったのかなと思っています。
梶原
企画を考えることにおいて、いろいろな手法がありますが、すごくざっくり言うと、お客さんの課題があって、その課題解決で我々はフィーをもらっています。そのなかに、やりがいだったり、達成感だったりがある。もちろん疑問もあるかもしれないですけど、我々は新しい価値を作っているはず。そもそも企画を考えるとは何か、ということについて、これまでの経験からの気づきを教えていただきたいです。
中嶌
10年くらい前に、あれ、打ち合わせが変わったなと思ったことがありました。とある打ち合わせで、若い方が集まって、私がクリエイティブディレクターだったのかな。それまで絶対になかったんですけど、最初のキックオフミーティングに、あるときからパソコンをみんな持ってくるようになって。順々に発表していくときに、例えばこういうのはどうですか、と言って、いろんな事例をみんなが持ち寄るように
なったと感じるんですよね。その事例はすごくいいんです。情報の世の中だし、検索機能は優れているし、若い方は検索能力が抜群に良いし速い。昔のものとか、海外のもの、私が知らないもの、気がつかなかったものも多くて。もちろん自分が得られる情報もしれているし、ウェブ動画などもすべてを追いかけられている訳ではありません。それはみんな同じなので、メンバーが集めてきたものを見て、一通り打ち合わせが終わると、なんか達成感があったりするんですよね。もうこれできちゃってるな、みたいな。ただ、これちょっと違うんじゃないかと私は思っちゃって。一回パソコンをやめて紙だけで話さない?みたいな。私なんかの世代が20代30代のころはインターネットもないので、本当に自分でゼロからアイデアを考えていて。アイデアというのは、ゼロからイチを自分で生み出すもので、それが楽しかったんですよね。
でもサンプルを持ち寄る打合せは、結局AIと同じで、過去のデータから選ぶだけ。もちろん、それでも良いものはできたりするんですけど、新しいものは出てこないってことですよね。もちろんゼロからイチを、まったくみんなやっていない訳じゃないとは思いますけど、私は、ゼロからイチが喜び。降ってくるというか。それが面白いじゃないですか。
田中
ぼくも入社したとき、いま中嶌さんがおっしゃったように、ゼロからイチを生み出すことに喜びを感じていたんです。でも若い人は、おっしゃるとおり検索力が高くて、新しいことをキャッチすることが早い。ぼくが苦労して見つけたことも、それは前に流行りましたよ、みたいな。スピードが違う。でもやっぱり、自分で汗をかいて考えたいな、というのはあります。検索することだけに時間を取り過ぎず、もちろん検索はするけれど、紙とペンというか、自分の頭の中から生まれてきたものをアウトプットしていきたいと思っています。
岩永
今おっしゃったように、若くても思考する人もいるし、検索に頼る人もいる。まさに進化と退化ですよね。AIに左右されるというか、アイデアって何なの?これは誰が考えたものなの?ということになります。頼ることで、自分の脳で考える力は、ますます衰えていくと思います。
中嶌
そうですよね。このままのやり方だと、AIに負けるでしょうね。
梶原
でも、そういう仕事も出てくるんでしょうね。コストの問題とか。
田中
それでもいいっていうお客さんは出てくると思いますし、それもある意味では正しいのかもしれないですけど、自分のためにも、自分の脳で考えることは意識したいと思います。
小野
私は、もう一つの脳という感じで使っていることが多い気がします。まず自分で考えて、AIにも考えてもらってというか。案出しの際に、どういう単語があるかなって検索してやりとりしていって。AIに頼る、頼らないに関わらず、案出しにかかる時間は同じだけど、出る情報とか企画の深さとかは2倍になるという気持ちで最近は使っています。
梶原
あくまで道具として使いこなす、という付き合い方が正しいんでしょうね。
小野
そうですね。そのまま出すことはしなくて、あくまで自分の作品だと言えるくらいの濃度にしないと、使っちゃいけないかなと思います。
田中
主従が逆転するとよくないですよね。
梶原
企画ということで言うと、岩永さんはどのようにされていましたか。
岩永
私は、クリエイターとクライアントとの出会いだと思っています。誰と出会うか。お互いに星の数ほどあるなかで、どれくらい信頼できるクリエイターに出会えるか。クリエイターは、任せられる人になれるか。この一点だけ。これはいまだに変わらないと思います。自分の経験だと、経営者と一対一で話をして、いろいろな話のなかから企画を導き出してきました。クリエイティブの話ではなく、
その前提となる方向性の話です。例えば、その経営者がどういう生き方をしてきたのかを含めて話ができると、良い企画が生まれると思います。一つの事例として、ある家電メーカーの海外向けの広告の話があります。アメリカの大手広告代理店が、家電メーカーの競合2社から同時にオファーがあったのですが、発注額の小さい方のクライアントを選んだのです。なぜ選んだのかと聞くと、「選んだ会社の製品の方が面白いから」と。こうやって、気持ちに素直なことも、一つのやり方なんだと学びました。
梶原
信頼が生まれるためには、気持ちも大きな要素なんですね。
岩永
しかも、その広告代理店のクリエイターがつくった雑誌広告のロゴが調整されていて。グローバルロゴですよ。そんなことは日本では考えられなくて。これクライアントからクレームが出ませんかと聞いたら、大丈夫だと。信じられなくて、もしクライアントから直せと言われたらどうするかと聞いたら、それなら仕事をお断りしなきゃいけないと言った。私はこれがベストだと思ってやっているんだからと。そのあと、日本のクライアント担当者に聞いたら、その新たに作られたロゴで広告を出稿するという話でした。そこに信頼関係というか、どれくらい任せているのか、というのがわかる訳ですよね。そのとき思ったのは、信頼というのは一番大事なものなんだなと。両社の打合せの場に立ち会わせてもらったら、お互い一人ずつだけで。クライアントの担当者は、コピーとかビジュアルとかを褒めてるんですね。これ面白い、これ考えたねと。逆に代理店のクリエイター側は、いいでしょ、面白いでしょ、という会話でした。日本の場合は、そういうのはあまりないですよね。ここをこういう風に直してほしいとか、変えた方がいいとか。お互いを尊重する場面を見させてもらって、信頼感を感じた時代でした。そして、クリエイターの自信というのも垣間見ることができました。
中嶌
わりと昔ですけど、私の近くにも、自信を持ったクリエイターがいました。11文字でキャッチフレーズを考えてくれと言われたりとか。でもコピーライターは何でもできましたね。ボディの文字数を指定通りに合わせられましたし。まぁ若手コピーライターとしては、納得できない気持ちもありましたけど。でも、デザインとかビジュアルとか、結局は一つになるものであって、どちらが大切というのもない。別にビジュアルに合わせられるんだったらコピーを合わせた方が、お互いにいいというか、クライアントや、生み出される広告も含めて。
梶原
理由があるんですもんね、そこに。この後、絵の力、言葉の力という話をしようと思うんですけど、今おっしゃった、文字も絵なんだ、デザインの一つなんだ、という考えは大きいですよね。ただ文字があればいい、という話ではなく、それはカタチとしての表現であって。
岩永
あと一つ言っておきたいのが、最近はコンペとかで何通りも考えて、キレイに仕上げて出すじゃないですか。あれはぼく無駄だと思うんですよ。
中嶌
ほんとに、莫大な力が無駄になっていきますよね……。
岩永
アメリカで広告代理店のクリエイターに会ったとき、もう一つうらやましいなと思ったのは、スポンサーに対して、メモ用紙に鉛筆の手書きで、こんな感じでどうか?と提案していて。仕上げてなくても、考え方がわかればいいと。
中嶌
それはクライアント側も素晴らしいですね。今はプレゼン用の映像まで作ったりしますもんね。
岩永
あれは時間と費用の浪費ですよ。信頼感というのがお互いに持てれば、必要ない。
梶原
決める人が責任を持てているかなんですよね。みんなに提案してもらって、どうして決めたかを、上司に説明できないから。
中嶌
そう。自分で決められないんですよ。上司を説得しやすいし、通しやすいものを求めるんですよね。
田中
信頼関係でいうと、ぼくも書籍の中では、昔は名宣伝部長、宣伝部みたいなのがあって、そこで全部決定していたから、クリエイターとすごく、今おっしゃった信頼関係が結べていたというか。そこで責任が全部完結されているみたいな世界があったと聞いていますけど、ぼくは代理店じゃなくて、広告制作会社で働いていたこともあると思いますけど、そういった世界を経験していなくて、何パターンも作るのが普通の時代の方が長いですね。だから、すごく新鮮というか、うらやましいなって思います。
小野
最近感じるのは、画を出したり企画を出したりするとき、「データがないと」とか、むしろ「事例はありますか」と聞かれるってことです。その担当者の方が上に通すために、理由づけがすごくしっかりしていないと通らないというのが、とくに大きい企業だとあったりするので。信頼関係で、メモ帳に書いて見せてOKというのは、すごく憧れます。
岩永
それも一生懸命、机で書いたものではなくて、行くときの電車で思いついて書いたもの。これいいかなって。ほんとの端切れですよ。
小野
かっこいいですね。前日に提出とかじゃないんだ……。
中嶌
なんか、最初に提出したカンプの方がよかったってことがありますよね。
梶原
カンプの方が、デザインの勢いというか、核があるんだけど、それを直されちゃって。見せようとする過程で劣化しちゃうんですよね。
小野
文字のバランス、こんなんだっけ、とか思うことがあります。
岩永
多摩美術大学を出て最初の会社に入ったとき、新人だったけど、ほとんど仕事をイチから任せてくれました。仕事の幅も、テレビCMは時代的になかったですけど、キャラクターを作らせてもらったり、劇場のどん帳のデザインをさせてもらったり、マッチのラベルのデザインとか、いろいろなことをやらせてくれて。カレンダーを12か月分、3本も4本もやらせてくれました。そういうのは、良い出会いだった気がしますね。そして信頼でもあります。ただ一つ、ロゴの大きさはかなり細かく言われました。電車の中吊り広告のときなんかも、ロゴは何センチとか言われて。それで悔しくて、実際に電車に乗って、ぶら下がっている広告の、入口と奥の方にあるものを眺めて、やっぱり言われたサイズは大きいよなと思ったりするんだけど、これは守らなければいけないものなんだと。
梶原
最近、電車に乗って中吊り広告を見て、これはパソコンのモニターだけを見て決めちゃったんだろうなと思うことがあります。読めないじゃん、普通に吊り革につかまっていて見えないのはどうよ、と。
岩永
雑誌広告とポスターとは違いますし、ロゴのデザインも可読率が良いのと悪いのと、やっぱりあるんですよね。それはおそらく今も変わらないし、それはデザイナーの責任だと思うんですけど。
梶原
あとは情報量の問題もありますよね。一つの広告に背負わせる情報量。あれこれ言い始めるとわかんなくなってしまいますよね。
中嶌
最近、読むのが嫌になっちゃったりしますもんね。あ、関係ないや、と。
梶原
中嶌さんには先ほどテレビCMの実績を見せてもらいましたけど、コピーライターをやられて、クリエイティブディレクターをやられて。テレビCMって、まさに動く言葉じゃないですか。コピーライター時代から、企画の発想を考えるときの根っこというのは、言葉と同時に画のイメージとか、自分のなかで降りてくるというか、出てくるもののバランスってどのようなものだったんですか。
中嶌
仕事によって違うんですけど、私40年やってみて、本当に言葉が好きなんだなって自分のことを思ってまして。長くクリエイティブディレクターというのをやっていたんですけど、辛くて辛くて。やることが多いですし。コピーを書きたいのに書いている暇もなくて。それで私は3年前にフリーランスになったときに、なるべくコピーライターとして仕事をください、と周囲に伝えました。
そうしたらコピーライターとしての仕事が来るようになって、なんて楽しいんだって。うそでしょって。仕事って苦しいものだと思っていたのに、こんなに楽しんじゃっていいの?と思うくらい。
梶原
仕事の楽しさに改めて気づいたというか、原点を思い出したんですね。
中嶌
私は、コピーは広告やメッセージの背骨だと思っていて。コピーを出すことによってみんなが安心するんですよね。そういう実感が最近の仕事でもありまして。漠然としたイメージでこういうことやろうとクリエイティブディレクターが言っていて、何となくわかるんだけど、一言でじゃあなんて言うの、というのがなくて。みんなあっちこっち行っちゃって、ぜんぜんまとまらなかったんですよね。私は途中からコピーライターとして入って、つまりこういうことなんだ、という言葉を提案することができて、そうしたらみんながすごくホッとしたんですよ、クライアントも含めて。その仕事がすごくいい感じでまとまったときに、私はやっぱりコピーだなと。デザインが大切なことはよく知っているんですけど、コピーがちゃんとしてないと、まとまらないなと。だから本当に大好きで。コピーは背骨で、骨格がしっかりしていると、生き物としてきちんと動き始めるみたいな。たぶん40年前から、先輩にそう教わって、プライドを持ってコピーを書いていたと思うんですけれども。テレビCMでコピーがなくても成り立つことも経験した上で、巡り巡って今コピーだなって。
田中
ぼくもコピーが大好きで入ったんですけど、なかなかコピーだけじゃ通らなくて。自分の力不足もあるんでしょうけど。その息抜きじゃないですけど、画とかも考えだしたら、画の方が褒められることもあって。
中嶌
わかるわかる!
田中
コピーは普通だけど、画は面白いね、とか言われることもあって。もちろんコピーも頑張るんですけど、画もちゃんとつけて出すと企画が褒められやすくなったので。そこはなんか、自分はコピーで突き抜けることはできないのかもしれないけど、画とセットなら良いものが出せるのかなって。ぼくが入ったときはまだ、あまりコピーライターが画を考えるというのは浸透していなくて、今は当たり前に考えてくるんですけど、ちょっと珍しがられたりして、それもうれしくて。わりと画とセットで考えるクセがついて、それも楽しいですね。画が先行して、この絵にどんなコピーをつくればいいだろう、ということもあります。もちろんコピーから、どんな画、というのもあって、考えやすい方でやっている感じですかね。
小野
私は文章を書くのが苦手で。だからデザイナーという、画で伝える方にシフトしているんだと思うんですけど。でも画を考えるときに、絶対に言葉がないと考えられないなって、仕事をするようになって思っています。だからメモ帳に思いつく単語をバァーって並べて書いて、一回自分の中の思いを全部言葉に落として、そこから画を考え始めることが多いです。あとはその単語が広告を考えるうえでの
共通言語だったりするので、コピーライターに伝えるときにメモ帳を見せながら、この単語から派生して考えてくれたら、この画に合うかもしれないから、と。ちょっと無茶ぶりかもしれないですけど、やったりします。
梶原
たしかに言葉って、共有しやすいんですよね。
小野
そうですね。コピーには落とせないけど、単語でどうにか、みたいなことはやったりしているのと、コピーライターがコピーを出してくれたときに、この画が合いそう、というのがすぐに思いつくと、私もうれしいし、いいものができる感覚があって。
梶原
そもそも人間が、それを分けて考えてないところもありますもんね。意味があるから。
小野
言葉すごいな、って思います。
岩永
ぼくは学生のころから両方やっていて。実績でお見せした広告なんて、文字は手書きですよ。
中嶌
信じられない!
岩永
両方やっていましたね。だから、その方がラクなんですよ。
梶原
自分のアイデアがカタチになりやすいってことなんですね。
中嶌
私はよくデザイナーとケンカしました。だいたいデザイナーとコピーライターって組まされるじゃないですか。それこそ毎日ケンカしていました。
岩永
だから本当は、両方できる方がいいんですよね。どっちがどっちというじゃなくてね。伝えるための方法なんだから。
中嶌
でもお互いの役割を尊重はしていますよね。もちろん尊敬しているし。
岩永
もちろんもちろん。ただ、そこをなんかこう、パチっと分けちゃうのもいかんなと思います。
梶原
これ今回、聞きたいことでもあったんですけど、岩永さんが作られたオートバイの広告で、言葉と画と、どっちが主体だったんだろうと。
岩永
これは結果的に「2輪感覚」というのをテーマにしたんですけど、ぼくはオートバイに乗れなかったんです。まず、つくるにあたって乗る人の気持ちになりたいと思って、知り合いに頼んでオートバイの後ろに乗せて走ってもらいました。そしたら、乗る前には想像できていなかった風景が広がっていたんですよ。そして目から見えるものだけじゃなくて、寒いときは冷たくなるし、音も含めて感じるものが
たくさんありましたし、いろいろな思いも生まれました。そのときの感情をコピーライターに伝えて、コピーを書いてもらったんです。それが2輪に乗った感覚ということで、2輪感覚。だから画と言葉の前に、感じたことから生まれた広告です。
梶原
画と言葉の前に感じたものがあって、そこから二人で生み出したんですね。
岩永
オートバイに乗せてもらってでも、どのような魅力があるかを感じたかったんですよね。その方が、どういう画なら伝わるか、というのがわかる気がして。広告づくりは五感なんですよ。オートバイで走っていて感動した風景があって、カメラマンにそういう写真を撮ってくれと伝えたこともありました。
梶原
感じたことが広告になって、巡り巡ってお客さんが、あぁとわかってくれるのは、すごく大事ですよね。
梶原
いろいろとお話を伺うなかで、これまでの広告、クリエイティブのあり方について、時系列的な側面から話していただきました。最後に、ご自身たちが最も大切にしていること、これから時代が流れても絶対に変わってはいけないことをお聞きしたいなと思っています。これから時代が変わっていくし、方法も変わっていくけど、でもそもそも我々の仕事ってこうだよね、これが大事だよね、ということの、
世代ごとの生の意見をお聞きしたいと思います。
岩永
結局、広告とは「伝える」ことなんです。「伝えた」ということと、「伝わった」ということは違うんですよね。伝わった、という感覚を大事にしないと。そして、それをきちんと確認するようにしたいなということですよね。
梶原
広告の効果だったり、反響だったりですよね。
岩永
そうですそうです。単純になりますけど、これをポイントにしたいなと思いますね。
梶原
これはクライアントと共同の作業ですよね。
岩永
そうです。だから、逆にクライアントも、彼がやっているんだから安心というので終わってはいけないんですよね。
梶原
信頼関係があったうえで、でも彼がやったから安心だ、じゃなくて。彼に任せたけど、結果はなんだろう、と検証する必要があるってことですよね。
岩永
それともう一つは、広告ということだけじゃなくて、暮らし全般というか。自分が生活していくなかで、楽しいなということ、嫌だなということはいっぱいあると思うんだけど、そういう気づきを発信しなくちゃいけない。
梶原
生活者としての実感、感覚を大事にしなきゃいけない、ということですね。
中嶌
私は40年やってみて、今だから言えるっていうことがあって。クリエイティブというのは、私にとってオモチャなんだって。むしろ、オモチャじゃなきゃダメだなと思っています。どう遊ぶか、どう楽しむかってことだなと。遊ぶといっても、面白広告をつくることじゃなくて、例えばクライアントの要望を超えた、「えっ!そういう言い方があったの?」みたいな、そういう提案で驚かせたり、あっと言わせたりということも含めて自分が楽しむ。若い方がつくる広告でも楽しませてほしいし、一人の生活者としても楽しみたいっていう思いがあります。面白いか面白くないか、楽しいか楽しくないかっていうことは、実はすごく大切で、苦しみながらやる必要はないと思うんです。この仕事を選んだ人って、みんな絶対に面白いことが好きじゃないですか。その感情に、素直になった方がいいんじゃないかと。先ほど小野さんがAIを活用するって話していて、私は古い意見なのでAIには負けないぞとか、使うもんかとか思いがちなんだけど、自分が楽しむために使う方法もあるんだなって思いました。ちゃっかりやってもらっちゃった、でも私はこの部分はこだわったから楽しいと、そういう風になればいいんじゃないかなと思っています。自分に嘘はつかない。楽しいか楽しくないかを自分に聞いて、ちゃんと楽しんでいるか確認しながらやっていけるように、やっとなったっていうのが正直なところです。
梶原
ある意味シンプルですね。いろんなものをそぎ落として、楽しむっていうのがど真ん中ですもんね。
中嶌
若い人に相談されることもあるんですけど、そういうときには、まずは「ラブ自分」が大切じゃないかなって言っています。楽しむ前に、自分を好きじゃないと。自分の絶対肯定から入ることをしていれば楽しいし、大丈夫。
小野
表現したものは、制作物として、絶対にシンプルなものとして伝えたいなっていうのはずっとあって。データから考えたりとか、いろんな情報から考えたりすると、だんだんややこしいものになっていって、結果的に何を伝えたいかわからないものになりがちです。でも本当に一秒でわかる、見ただけで意図がわかる、みたいな広告は、今も昔も変わらないというか、これからもブレないでやっていった方がいいんじゃないかなって思っています。
梶原
伝えたい、コアなところですよね。
小野
そうですね。それをクライアントに通すのも、アートディレクターとしての技量なのかなと。試されているのかなって。仕事が進むにつれて、だんだんあちこちに行ってしまうので、そこをまとめる人になっていきたいなと思います。
梶原
それはテクニックではないところですよね。プレゼンってテクニックじゃなくて、本音で言えば伝わるはずだっていうところですよね。
小野
はい。あとは先ほど話にあった信頼。あなたが言っているから大丈夫なんだねって、シンプルなものでも世に出ていくのかなって。そこは頑張りどころだなと思います。
田中
皆さんの意見がごもっともで、全部言われちゃっていますけど……。一つ、他の業界の友達と話したときに、お互いの業界のグチも出ますけど、でもそのときに友達から言われてハッとしたのは、「お前はずっとやりたかった業界で働けてるじゃん」と。そうか、好きな業界で働けているって幸せなことなんだなって。当たり前だけど気づきみたいなのがあって。だから、中嶌さんと同じになっちゃいますけど、
もっと楽しむというか、せっかく好きな業界にいて、好きな仕事に就けているのだから、もっと前のめりに楽しまなきゃ損だなって思って。楽しむことが一番大事ですね。
梶原
達成感というのもあるでしょうしね。これやったぜ、という。お客さんを驚かせてやったぜ、ということも。
中嶌
賞を獲れたりとか、そういうことも楽しいじゃないですか。
田中
そうなんですよね。よく賞を獲るのは目標じゃないとは言われるけど、賞を獲るのも楽しい。仕事は仕事で頑張るけど、賞は賞で楽しいです。
中嶌
賞を獲れたときは最高ですよね。
岩永
楽しむもそうだけど、生活のなかでの好奇心というのも、クリエイターとしてものすごく大事だと思います。広告だけじゃなくて、何でも好奇心を持つこと。年齢性別、経験や肩書とかに捉われないでいると、必ず何か得ることがある。いろんな業界の人と話すことも大切ですよ。私には尊敬する大学の先生がいて、べつに学問を習うとかそういうことじゃなくて、
その方に生き方を教えてもらった経験があります。
小野
面白い方というか、いろいろな方と出会いやすい職種ではありますよね。
中嶌
たしかに、自分のつながりからは出会えない人を紹介されたりとかね。そういうのを大切にしたいですよね。
小野
この人とお仕事したいと思っていれば叶う職種だなって思います。
梶原
それも、自分が楽しむってことですもんね。これからもずっと、この仕事はあるんだろうけれど、楽しむことが大事っていうのは、変わらないんだろうなって思いました。
中嶌
それは思います。
梶原
AIが来ようが、大丈夫かなって。いろんな道具が出て便利にはなるけど。
中嶌
クリエイティブは無くならないって思います。
梶原
そうですね。お時間もきましたのでこれで終わりますが、本日は貴重なお時間、お話をありがとうございました。
多摩美術大学在学中の1957年に毎日新聞広告デザイン総理大臣賞、準朝日広告賞受賞。1959年に大学卒業後、松下電器産業に入社。「ナショナル坊や」制作。1960年に東京グラフィックデザイナーズに参加。1986年にアンサー設立し、REGALを担当。1990年に日本雑誌広告通産大臣賞。過去の主な広告主はHonda、SONY、REGAL等。
1983年日本デザインセンターにコピーライターとして入社。1993年アサツー ディ・ケイ入社。2019年に独立し現在フリーランス。コスメ・ビューティ系の広告制作を多数担当。他にも食品、飲料、通販、ピンクリボン活動など女性モノを中心に制作。最近はプレシニア対象のプロジェクトに参加。TCC新人賞、朝日広告賞、ACC賞、雑誌賞など多数受賞。
株式会社アクロバット在籍。第58回宣伝会議賞グランプリ&コピーゴールド受賞、第10回Japan Six Sheet Award 銀賞受賞など。JRやJINS、モランボン、ShinQsなどの案件を担当。コピーだけでなくビジュアルや動画シナリオ、漫画コンテンツなど幅広くアイデアを考えるのが好き。競馬と読書をこよなく愛している。
株式会社電通プロモーションプラス アートディレクター 1995年生まれ。2017年に多摩美術大学 情報デザイン学科を卒業後、同年電通テック(現:電通プロモーションプラス)にアートディレクターとして入社。主な受賞歴は、朝日広告賞グランプリ、TDC賞入選など。
株式会社東京グラフィックデザイナーズ 代表取締役社長 1984年より映像制作会社にプロダクションマネージャーとして勤務。企業PR映画、TV-CM制作に携わる。1989年に東京グラフィックデザイナーズにプロデューサーとして入社。主な広告主であるHondaの各種製品SP、企業PRの、映像制作を担当。2012年より現職。